FC2ブログ
哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

2019/11 | 123456789101112131415161718192021222324252627282930

ブログ内検索
久々に矢の川峠の索道駅跡と明治道の探索に行ってきました。
今回は東京から”らん丸”さんが来るということで、少し風邪で体調不十分でしたが半分ガイド、半分は未知のルートがありましたので探索ということになりました。

ぼろミニパジェで小坪付近まで行き、ナタと鎌それにラバーマウントの手袋で、シダ藪、イバラ対策をして12時半に出発。
スタートが遅かったのでよほどスムーズに行かないと完走は無理だと予想。
それでも前回来ているところなのでスムーズにルートを進む。
前回ひき返したつづれ折の炭焼き窯跡からさらに降下する。
適度に出てくる決壊場所や橋の欠落場所が、歩くのには変化があって面白い。

しばらく行くと細尾根を折り返す場所に来る。
おそらくこの付近に水準点があると思われるが見つけることができない。
索道の鉄塔もこの付近にあったはずだが、基礎は見つけられなかった。
右も左も石垣で、ここから右側に折り返してトラバースしながら高度を降下していく。

この辺から鹿よけのネットが道路中央を通るようになり、歩きにくくなる。
この辺でルーと全体の3分の1ほど。
少し藪も出てきて時折なたで切り開きながら進む。
突然鹿よけネットが、金網に変わる。
設置年代はネットよりはるかに古いようだ。
これがまた厄介!
ところどころで杭を固定するために横に針金を張っている。
これが私たち探検者にとっては藪の中のトラップになるわけだ。
何回かすねを引っ掛け、足をとられ気が抜けない。
全体ルートの距離が半分近くなったとき、突然背丈をはるかに超える、
シダの藪が道全体を追っている。
時刻は2時30分をオーバーしているのでこの先の探索は無理と判断。
残りルートは半分、標高はすでに400メートルを割っていそうですが、この先もこのような藪がず~と続くとすれば、完全走破には5時間前後はかかるでしょう。
私の商売のオープン時間があるので急いで引き返す。
同行のらん丸さんが、少しお疲れのようなので、ゆっくりと休みながら4時半頃に車の駐車場所に到着。
尾鷲には4時半過ぎに無事到着。
う~ 疲れた~

次回は上と下からせめてみましょ・・

2005_0101_000007AA.jpg

明治道の石垣

2005_0101_000001AB.jpg

藪、藪、藪

2005_0101_000000AA.jpg

古い獣の罠跡
明治道の探索を索道の下の駅周辺より行いました。
結果はダメダメ・・
まずR42の矢の川大橋を渡り、索道駅跡のプレカット工場の脇を進む。
この道は地図を見ると明治道とは少し違うルートをとっているように見えるのですが、これは当時の地図の測量が正確でない為だと判断しておりました。
そこで現在の林道終点より山道をたどってみる。
あまり頻繁には踏まれていないようで、ところどころ藪をこがなければいけない。
それにこの山が全て花崗斑岩の山であることが、この道を歩くとよく分かる。
大きい石がごろごろしていて、本当に歩きにくい。
沢の周辺などほとんど土がなく大岩でおおわれています。
s-2007_0417_130134AA.jpg


いばらに引っかかれ、藪を書き分けながら歩く事1時間半。
どうやら上の索道の駅のある尾根の一つ手前の尾根までたどり着く事が出来ました。
しかしそこからの斜面に道がなくかつ険しい!
やはりこの道は明治道とはルートが違う。
どうやら少し高いところを通っているようだ。
ここで引き返すが、一度ルートを間違えて20分ほどロスする。
何とかもとの道に戻り無事バイクのもとに帰る。
林道を下る時見晴らしのいいところで下を見ると、30m~40mほど下に人工的な石垣が見える。
どうやらこれが明治道の跡ではないだろうか。
次回ここからもう一回トライしてみようと思いますs-2007_0417_144411AA.jpg