哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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第3回「哀愁の矢の川峠」開催!

3月29日のツアーが無事終わり,第2回目の「哀愁の矢の川峠」が19日に開催予定です。
ところが今回尾鷲以外の方からの問い合わせがあり、また元省営バスの職員の方の参加希望があるため、5月に再度ツアーを開催することになりました。
今回は「紀伊半島みる観る探検隊」主催ではなく私個人の開催となります。
内容はまったく同じで熊野古道センターでのトークの後で現地を案内します。
今回も車1台のみで開催予定ですので、募集人数は3名のみです。【すでに3名決まっているため】


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【ツアー内容】

まず熊野古道センターで、30分ほどのパネルトークにて矢の川峠の全てを予習。
その後車で移動し史跡の数々を探訪します。

参詣道や生活道でありながら裏街道の要素が濃く、日の目を見なかった矢の川峠越えの道は、明治に入り突如としてこの地域の将来を背負う主要道になりました。
日本初の旅客ロープウェイ「安全索道」が造られるなど、明治、大正、昭和と激動の時代とともに変貌し続け、人と物資の大量輸送の道へと変化する中、人も自転車もバスやトラックまでもが標高808mの「やなこ」を越えていきました。
昭和に入ってから運行された省営バス(国鉄バス)は、紀勢線全通までの23年間に、述べ1,200万人もの人々を輸送したそうです。
ある人は「この地に立つのも最後だろう」と思いながら出兵し、ある人は新婚旅行の途中でこれからの幸せを夢見て記念写真を撮る。静かな峠にたたずみ、人々はさまざまな想いを抱きながら次への目的地へ旅立ちました。矢の川峠は一時代を担い、そして今、役目を終えて人々から忘れられていく運命なのです。
そんな「やなこ」に立ったとき、皆さんはどのように感じられるでしょうか?


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日  時: 平成21年5月10日(日)※荒天延期
9:00集合、15:30頃解散
集合場所: 三重県立熊野古道センターフロアー

案 内 人: やのこ小僧こと福田 晃久
参 加 費: 1,800円(保険代、諸経費含む)
募集人数: すでに3名の方がき決まっている為残り3名となります
持 ち 物: 弁当、飲み物、雨具、帽子、手袋など

      
※ 最少催行人数は4名となります。前日までにキャンセルなどで4名に満たない場合は延期、または中止となる場合がありますのでご了承下さい。

お問い合わせ、申し込みは・・・・・・
福田晃久まで直接連絡お願いします
遠方の方は私のやっているコテージウッドペックに宿泊できます。
食事付き(鳥丼湯豆腐セット)で一泊、5,000円です。
お風呂は尾鷲の夜景がよく見えてすっごく広いですぅ~

やのこ小僧こと福田 晃久 
携帯 080-3648ー5499
メール tud5thma@ztv.ne.jp
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