哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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以前の明治道探索で、猛烈な藪に阻まれて引き返してからもう1年3ヶ月が過ぎました。
全工程の50パーセント以上は確認できたのですが、そろそろ再調査に入ろうと思っていた矢先に、熊野の映画の実行委員会の方々に先を越されてしまいました。
どうやら95パーセントほどのルートが確認されたようです。
今度GPSを使って測量をする予定で、その時は私もご一緒させて頂くことになってますので、又報告しますね。

先日索道の下の駅周辺を調べていたところ、明治道の入り口がわかりました。
以前の探索で、川沿いに伸びる古い石垣道をレポートしましたが、その道はおそらくきんま道ではないかと思われます。
明治道はそれより少し上をぐんぐん上っていく道でした。
トンネルの土捨て場の途中から確認できます。
この土砂が捨てられたのは2年前でした。
駅の遺構を確認しようと思っていた矢先のことです。
もう少し早く写真などを撮っておけばよかったと悔やまれます。

いずれ全工程のレポートを致しますのでお楽しみに!
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