哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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現在の坂下古トンネル探索

3月4日早朝 
急に思い立って、37年ぶりに坂下古トンネルに行ってきました。
朝飯前のひと運動って感じで出かけたのですが、現状がどうなっているか分らないのでとりあえず行ける所まで行ってみることにします。

尾鷲の町を出てR425を登っていくとヘアピンカーブを曲がると短いトンネルがある。
このトンネルの手前を左に入る林道らしき道が、旧道です。
車はトンネルを抜けた右側のスペースに駐車します。

AM7:54 旧道に入る。
道はほとんど荒れておらず今でも車が入れるコンディション。
旧道入口付近

その後少し荒れてくるがしっかりと補修された後があり、現在でも林道機能は足している。
旧道1
旧道2

驚いたことに路肩の補強を石済みではなく木材を使用して行なっている。
わざわざ石積みみをするより周辺で間伐した木材を使用したほうがはるかに効率的かつ経済的なのですね。

AM8:02  車道が終わる
この先道幅は狭くなり、完全に廃道状態
ところどころ小さながけ崩れが見られる。

AM8:10 最初の沢の一番奥鋼鉄製の小さい歩道橋がかけられている。
これを見てもこの道が現役で重要な機能を果たしていることが判る。

AM8:14 もう一つ小さい沢を回りこむ。
今まで歩いてきた反対側の尾根の上に送電用の鉄塔が見える。

AM8:16 大きな尾根を回り込む
この尾根には鉄塔があり、先ほどの鉄塔から送電線が伸びてきている。
「宮の上 矢の浜線」とプレートが書かれている。
これらの鉄塔のメンテナンスのためこの道はしっかりと整備されている模様。
2008_0304_082128AA.jpg

鉄塔より尾鷲の町が望めます。
ここから先、道のコンディションは急に悪くなるが踏み後はしっかりしている。
いくつかがけ崩れ跡もあるが容易に通過できる。
2008_0304_083433AA.jpg


AM8:31 完全欠落箇所に出る
大きく崩落していてわずかに踏み跡だけが残る。
滑落するとしゃれにならないので、慎重にクリアする。
出来ればザイル確保などで安全策をとった方がいいのでは?
この辺がネックになり古トンネルは短命になってしまったのでしょう。

AM8:39 大きな谷をどんどん詰めると、いきなりトンネルは現われた
深いブッシュをかき分けるとトンネルはそこにありました。
トンネルの上部からの崩落は無く、トンネル入り口は非常にクリアな状態。
2008_0304_084441AA.jpg

とんんる上部のプレートには「坂下隧道」の文字が確認できる。
2008_0304_084532AA.jpg

トンネル内部に入ってみる。
少しヒヤッとして反対側からの風は、今まで歩いてきた体には心地よい。
尾鷲側入り口【東側】は非常に明るくいが、反対側【西側】は薄暗い。
路面は土砂の堆積も無く、岩盤がが現われている。
トンネル側面や上部はすべて煉瓦積みで、反対側まで続くその様は今でも美しい。
2008_0304_084603AA.jpg

壁面には左右とも等間隔に照明のランプを取り付けたのではないかと思われる穴が定期的に付けられている。
2008_0304_084715AA.jpg

トンネルをゆっくりと反対側に向かって歩く。
2008_0304_085007AA.jpg

西側入り口も大きな崩落はなく50cmほど高くなっている程度。
トンネルはブッシュに阻まれて外見はよく見えない状態。
2008_0304_085221AA.jpg

こちら側は湿気が多く暗い感じです。
トンネル上部のプレート「
当時の道はトンネルから左側の斜面をゆっくりと下っていく。

AM8:50 トンネルと別れ下り始める
数十メートルで林道に出る。
2008_0304_090302AA.jpg

ここまでは乗用車でも容易に来ることが出来ます。
林道を下り始めるとすぐに一際立派なひのきがある。 樹齢300年はたっているのではないでしょうか。

AM9:05 林道ゲートに到着
この林道名はは祖父小屋林道で管理者は「三重県治山林業協会」尾鷲市長となっている。
2008_0304_090614AA.jpg

林道を出ると小さな産廃施設?がある。
その先の小さい沢のそばに、「海軍海防艦 駒橋戦没者英霊」と刻まれた戦争慰霊碑があります。
この山奥になぜ海防艦の慰霊碑があるのか?
調べてみると意外な事実が判明しました。 
詳しくは「知られざる尾鷲湾の激戦」をご覧下さい。
2008_0304_091346AA.jpg

この戦闘で亡くなった一四七名の多くは、この矢所で荼毘に付されたと言うことです。
まさにこの慰霊碑のある場所がその地だったんですね。
今度行ったときはしっかりしっかりと手を合わせてこないといけませんね。


さてその先には危険物の倉庫があります。
きっとダイナマイトでも入っているのでしょう。
映画に出てくる弾薬庫並みの造りです。

AM9:14 R425に出る

AM9:18 現坂下トンネル入り口
2008_0304_092121AA.jpg
2008_0304_092537AA.jpg

明治44年の竣工 現在も現役でがんばっている長寿トンネルです。
このトンネルは当然歩道が無いので、徒歩で通過するのは本当に怖いです。
今回も大型車が通る合間を縫って、走って通過しましたがまったくもって疲れました。
通過途中で1台ダンプが入ってきましたが、自分が壁になった気分で側面に張り付いていました。

このトンネルは戦争当時には、海軍の爆雷(ドラム缶約350本余り)の保管場所になっていたようです。きっとトンネルは自動車の車幅を残して壁沿いにはずっとドラム缶が並んでいたのでしょう。
2008_0304_092556AA.jpg


AM9:25 出発地点に戻る

御疲れ様~~
約1時間半の行程でした。












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コメント
この記事へのコメント
こんにちは

これは!
今度の冬、私がたくらんでいるルートではないですか!
そうか、こうなっているのか・・・
数ヶ月前に、祖父小屋林道側から、R425より歩きで隧道までいきましたが、 あの煉瓦造りに惚れてしまいました。
藪が惹いたらゼッタイに行きたいと思います。
実は 坂場隧道(でしたっけ?)側の入り口がわからなかったのですw。
2008/05/24(土) 21:24:33 | URL | 奈津子 #-[ 編集]
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