哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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坂下トンネル 「サカシタ」ではなく「サカゲ」と読む。

尾鷲の町から梅の木谷の北にある坂下峠は標高240m。
この峠にわずか61.8mのトンネルがある。
東海地方で始めて出来たトンネルなのです。


私が最初にこのトンネルを通ったのは、今から37年前の冬の日の夕暮れ。
当時小学生だった私は、気の合った友達と徒歩で尾鷲を出て古和谷林道を詰めそこからトロッコ道まで行き、ひざまでの雪の中で思う存分雪合戦をしたのを今でも鮮明に覚えている。
朝7時過ぎに出発して片道10kmほどを走破して雪合戦をし、昼飯を無人の小屋で食べて帰途につきました。
行きは現行の坂下トンネルを通ったのですが、帰りは古トンネルから行こうという話しになりました。
当時の5万分の1の地図ではまだ古トンネルが載っていたんです。
そして夕暮れの薄暗い中で立派な古トンネルを始めて通って尾鷲側に抜けました。
すでにあたりは闇が覆い、近道しようと仕事道らしき山道をみんなで慎重に下って無事帰宅しました。
今思うと遭難騒ぎになってもいい状況だったと思うのですが、当時はこんなの当たり前で、親たちも大して心配しなかったようです。

さて話が長くなりましたが、そんな出会いが忘れられず、先日またあのトンネルを見に行って来ました。
37年ぶりのそのトンネルは、まるでタイムスリップしたようなそんな気持ちになりました。
最近になってこのトンネルの歴史や重要性を知り、当時とは違った目で見ることが出来いろんな発見がありました。
しかしトンネルを通る時は、静寂の中37年前と何も変わらない空間がありました。

トンネルが開通したのは、1900年【明治33年】の3月。
現在まで108年もの年月がたっているにもかかわらず、その外観はほとんど損傷も無く、色あせはしても丁寧に詰まれたレンガ組みは、今も当時のままなのです。
この雨の多い地方でトンネルの入り口、そして内部もほとんど損傷が無いことに驚くばかりです。

詳しい歴史やトンネルが出来た背景、そして先日の探索話はは次回お話しすることにしましょう。
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