哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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矢の川峠、昭和の道の4つ目の橋梁は南谷大橋
R42より南谷を左に見て遡ってきた昭和道も、ここでこの橋を渡り谷の反対側を高度を上げながら進む。
「大橋」と名づけられたように、この南谷大橋は尾鷲から矢の川峠までのルートの中で最大級の橋梁です。
欄干の御影石も、ほかの橋とは違い一際立派なものになっており、上部は四角錐の形をしている。
やはり四つの欄干の文字はそれぞれ違った字体で彫られています。

この橋を渡ると昭和道もいよいよ高度をぐんぐん上げて本格的な登りになります。
当時バスや車、トラックの運転手はこの辺から気を引き締めて、いよいよ酷道「やのこ」に挑んでいったのでしょう。

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橋の全容 長さは意外と短い

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古い漢字で書かれている

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ひらがなで「みなみたにおほはし」

南谷大橋


南谷大橋0007

数ある橋梁の欄干の中で一番面白いあて字です。
「三奈美多爾おほ者志」 これで「みなみだにおおはし」と読む。

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