哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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以前 「昭和道の開削詳細 その1」で昭和道の開鑿の件をお話しましたが、
今回はその2としまして、開鑿の詳細や当時の竣工式や尾鷲の様子などをお伝えします。

【矢ノ川峠開鑿工事概要】

着工 昭和 9年9月13日      
竣工 昭和11年9月13日
工費 58万円
新開鑿延長 7,766m     
有効幅員 3.5m
橋梁    16ヶ所(91m)  
隧道    5ヶ所(202m)
道路拡張延長 18,828m
新鑿部平均勾配19分の1     
最大勾配15分の1 
カーブ最小半径12m
使用火薬 28,455㌧
工事延べ人数(新鑿部、道路拡張部合計) 283,340人

「昭和11年9月14日 殉難者慰霊、祭山祭に続いて午前11時から竣工式が第一隧道の入口に於いて関係官民列席のもとに荘厳に取り行われた。
式に引き続いて午後1時から、地元協賛会主催の大祝賀会が尾鷲町大鷲館で行われた。
町内は出しものや余興の手踊りで大賑わい。
町民こぞって天嶮の征服と交通文化の進展を祝福した。」

この竣工式には内務大臣と三重県知事の祝辞が読まれたが、この時の三重県官選知事が「富田愛次郎」です。
この「富田愛次郎」は矢ノ川峠隧道のポータルにある銘板に刻まれた文字を書いた方です。


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