哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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矢の川峠は大型の木材トラックも多く通りましたが、この写真のようにしばしば脱輪をおこしました。
その復旧には大部分の木材を降ろして、車体を軽くした後にウィンチなどで脱出しました。
この写真に写っているのははるばる横浜の戸塚からやってきた修学旅行の
学生が乗っていた国鉄バスが、脱輪トラックの救出を待ちわびているところです。
yanoko-小西さん0019
学生も1時間以上待たされて退屈している様子

実はこの写真を撮った修学旅行の少年Sさんは、現在この矢の川峠の麓の尾鷲で布団店を営んでいます。
私とよく矢の川峠にも行きます。
なんと奇遇なことでしょう。
運命の矢の川峠ですね。
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