哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

2012/09 | 123456789101112131415161718192021222324252627282930

ブログ内検索
先日お伝えした峠茶屋の主、のぶへさんの息子さんと昨日矢の川峠へ行ってまいりまいりました

前回の書き込みで「詳細を伝えします」と書きましたが、天候が悪く、あえて書き込みはしませんでした。

のぶへさんの息子さん稲田丞(すすむ)さんのご希望で、天候が悪くても危険が無ければ是非矢の川峠に行きたいということで、雨模様の尾鷲を午前10時過ぎに出発しました。
昭和道の入り口で熊野からのメンバーも合流。
車4台、総勢20人で時折雨降る昭和道をゆっくりと上りました。

約1時間で峠へ到着。
稲田丞さんは久しぶりの峠に懐かしそうに当時のことを語ってくれました。
丞さんの息子さんや娘さんそしてお孫さんらは、初めての峠でのぶへさんの碑や展望台跡などを見ながら、
かつてあった茶屋の跡に思いを寄せておりました。
IMGP0250.jpg
稲田丞さんのお子様、お孫様ご一行
熊野からのメンバーは、3年前に出版した「思い出の矢ノ川峠」の実行委員会の方々で、元国鉄バス運転手の久保さんも同行されました。

IMGP0249.jpg
左がのぶへさんのご長男、稲田丞さん、真中が元バスの元運転手の久保さん、右側は元車掌の中森さん
霧に煙る時折土砂降りの峠で1時間ほどすごし、峠を後にしました。
また機会があれば尾鷲の方に立ち寄って頂きたいですね。

このきっかけを作って頂いた紀北町のTさん、そして今回同行された方々、各メディアの方々、
お疲れ様でした。

IMGP0254.jpg
2本杉の前で集合写真
1年半ぶりの矢の川峠でしたが、何時もどおりの静かな峠でした。
スポンサーサイト
9月17日(月)、久しぶりに矢の川峠へ大勢の方々と上ります。

峠の主故稲田のぶへさん。
その息子さんと今年の6月に縁あり知り合うことができました。
5月連休、もう一度峠に行ってみたいとの希望をその息子さん(のぶへさんのお孫さん)が叶えるために矢の川峠へやってきました。
しかし悪路のため峠へ行きつくことなく帰路につきました。
そこで紀北町にあるガソリンスタンドに入ったのですが、そこで稲田さんの車を担当したのが私の知り合いのTさん。
高級4輪駆動車の汚れに疑問に思い、どこへ行ったのか聞をき、今回のエピソードが分かったわけです。
Tさんは仕事が終わるとすぐさま私のところへやって来て、この件を知らせてくれました。
ぜひ稲田さんの希望をかなえてあげましょう! という話になり、それから何度かお孫さんとのメールのやり取りを経て、9月17日峠へ案内することになりました。

この頃は天候が不順になるのでその辺が心配なのですが、車での移動になるので多少天気が悪くとも決行する予定です。

息子さんは高校の時に茶屋を手伝ったこともあり、当時の茶屋やのぶへさんのこと、長女弘子さんのことなどいろいろと聞くことができると思います。
息子さん本人、もいろいろと伝えたいことがたくさんあると言っておりました。

今回同行者が多いためワゴン2台で行きます。
もし皆さんの中でも同行したい方がいれば、車の用意やサポートは一切できませんが勝手に参加してください(笑)

詳細はまたこのブログで発表します。

昨日自転車で峠の中間、矢の川隧道まで下見に行ってきました。
写真をし少しですがアップします。

IMGP0205.jpg
緑豊かな昭和道

IMGP0175.jpg
昨年の台風で土石流に欄干や親柱が流された蔭谷一橋
>IMGP0157.jpg
第三トンネル

IMGP0106.jpg
開鑿記念碑