哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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昭和33年10月 矢の川峠茶屋
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同じく茶屋の中
茶屋内部の写真は極めて珍しい
やのこを越えられた著名人の色紙が壁にかけられている
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カテゴリー分けを整理しました。
新たに「明治道」「やのこの風景」を追加しました。
矢の川峠、昭和の道の3つ目の橋梁は滝見橋
この橋も紅葉橋からすぐにある小さな橋です。

現在この橋から少しだけ望める滝は、木々にさえぎられそれほど立派ではないように見受けられます。
しかしこの後、南谷をまたぎ、谷の反対側に来たときに谷越しに見えるこの滝の様相は、高さもあり雨季には多い水量もあいまって、まさに矢の川峠一の滝だといえます。

おそらくこの昭和道開削当事は、この小さな橋からまさに見上げるような立派な滝が望めたのでしょう。

水量が多い時の写真が撮れればまたアップします。



ひらがなにて
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【瀧見橋】
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欄干はコンクリートで、横に鉄パイプが2本通っている。
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【滝見橋】
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当て字で【多紀美は志】
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やはり昭和十年7月の日付
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矢の川峠には、昭和11年の昭和道開通とともに何件かの茶屋が立てられました。
そのうち峠の茶屋は、標高807mの高さからくる絶好の景観と、この地域随一の酷道の最高地点という立地の為、越える者はみなひと時の休憩を楽しんだものでした。

実はこの峠の茶屋にも、大きく分けて三つの時代がありました。
一代目は峠から尾鷲側に20m~30mほど行ったところの山側。
10坪程度の建物の基礎跡があります。
二代目は、有名な峠のおばさん稲田のぶえさんのお母さん、南ひさのさんが営んでいました。
この茶屋は、峠の広場の尾鷲側石垣の左端の位置にありました。
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そして三代目の峠茶屋が、稲田のぶえさんが営んでいたあの峠茶屋です。
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初代の茶屋の話はまた改めてお話しするとして、今回は稲田さんがこよなく愛し守ってきた、三代目矢の川峠の茶屋の話です。

次回は茶屋の始まりから省営バスが廃止された昭和34年頃の想いを書いた、伸江さんの手記を掲載します。


本日このブログも一万アクセスを突破しました。
けして早くはありませんが、それでも毎日15~45ほどのアクセスがあります。
最近忙しさと暑さと疲労で、カキコをサボってましたがそろそろまた再開です。
また皆さんからのご意見ご質問など、どんどんコメントやメールで送ってください。

いやー 皆さんご無沙汰しております。
なんと6月より3ヶ月もサボってしましました。<(_ _)>

最近少し仕事の環境が変わり、それに一番の多忙時期の8月があったので気持ちに余裕がありませんでした。
あっ 問いうまに夏が過ぎ去り、いよいよ矢の川峠散策の絶好季、秋がやってきます。

実は昨年、矢の川峠の映画「道」の上映にかかわるまで、それほど矢の川峠には行く機会がありませんでした。
当然秋の紅葉もはるか下の現国道から眺めるだけ。
今年は紅葉の時期の矢の川峠を写真に収めたいと思っております。

「紅葉橋」の名も出てきますが、昔から紅葉は見事だったのでしょうが、運転手の方は悪路に紅葉など楽しむ暇もなかったのでしょうね。


さて一つお知らせです!

昨年より探索しておりました、明治道と索道の小坪駅跡が発見されました。


【索道駅のプラットホーム跡】
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【明治道】
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そこでいよいよ、矢の川峠の明治道と索道の駅の遺跡の散策が、12月1日(土曜日)に行われます。
詳細が決まりましたらお知らせいたしますが、定員30名ほどなのですぐに締め切りになると思われます。
12月以降も予定しておりますが、希望の方は早めに私宛メールください。

以上 今日は知らせまで・・