哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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矢の川峠、昭和の道の2つ目の橋梁は紅葉橋。
懐古橋から進むこと数十メートル。
その橋の名のとおり、おそらく秋は紅葉がきれいだったのだろう。
現在も紅葉は望めるが、峠までの道は全般に木々が茂り眺めはよくない。
開削当時や省営バスが廃止される昭和34年頃までは見通しが利き、紅葉や水量たっぷりの滝がこのルートのいたるところで楽しめたようです。
ただその代わりにバスに揺られる乗客は、はるか下に谷底を望みながら、恐怖のひと時を過ごしたようです。

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残念ながら欄干の橋脚名の2つはありません。

懐古橋と同じく、昭和10年7月の日付が入っています。

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