哀愁の矢の川峠
「矢の川峠(矢ノ川峠)」と書いて「やのことうげ」と読む。私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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矢の川峠、昭和の道の4つ目の橋梁は南谷大橋
R42より南谷を左に見て遡ってきた昭和道も、ここでこの橋を渡り谷の反対側を高度を上げながら進む。
「大橋」と名づけられたように、この南谷大橋は尾鷲から矢の川峠までのルートの中で最大級の橋梁です。
欄干の御影石も、ほかの橋とは違い一際立派なものになっており、上部は四角錐の形をしている。
やはり四つの欄干の文字はそれぞれ違った字体で彫られています。

この橋を渡ると昭和道もいよいよ高度をぐんぐん上げて本格的な登りになります。
当時バスや車、トラックの運転手はこの辺から気を引き締めて、いよいよ酷道「やのこ」に挑んでいったのでしょう。

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橋の全容 長さは意外と短い

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古い漢字で書かれている

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ひらがなで「みなみたにおほはし」

南谷大橋


南谷大橋0007

数ある橋梁の欄干の中で一番面白いあて字です。
「三奈美多爾おほ者志」 これで「みなみだにおおはし」と読む。

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矢の川峠、昭和の道の3つ目の橋梁は滝見橋
この橋も紅葉橋からすぐにある小さな橋です。

現在この橋から少しだけ望める滝は、木々にさえぎられそれほど立派ではないように見受けられます。
しかしこの後、南谷をまたぎ、谷の反対側に来たときに谷越しに見えるこの滝の様相は、高さもあり雨季には多い水量もあいまって、まさに矢の川峠一の滝だといえます。

おそらくこの昭和道開削当事は、この小さな橋からまさに見上げるような立派な滝が望めたのでしょう。

水量が多い時の写真が撮れればまたアップします。



ひらがなにて
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【瀧見橋】
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欄干はコンクリートで、横に鉄パイプが2本通っている。
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【滝見橋】
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当て字で【多紀美は志】
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やはり昭和十年7月の日付
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矢の川峠、昭和の道の2つ目の橋梁は紅葉橋。
懐古橋から進むこと数十メートル。
その橋の名のとおり、おそらく秋は紅葉がきれいだったのだろう。
現在も紅葉は望めるが、峠までの道は全般に木々が茂り眺めはよくない。
開削当時や省営バスが廃止される昭和34年頃までは見通しが利き、紅葉や水量たっぷりの滝がこのルートのいたるところで楽しめたようです。
ただその代わりにバスに揺られる乗客は、はるか下に谷底を望みながら、恐怖のひと時を過ごしたようです。

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残念ながら欄干の橋脚名の2つはありません。

懐古橋と同じく、昭和10年7月の日付が入っています。

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現在の国道42号線、千尋橋の手前を右に入ると、その道が旧国道42号線である。
今では山仕事や山菜取り、猟をする人くらいしか走らない道。
その荒れ果てた林道同然の道を少し走ると一つ目の橋がある。
その名は「懐古橋」。
どのような理由でこの名がついたのが定かではないが、
この道ができた昭和10年から人や自転車、オートバイ乗用車、そして木材を満載にしたトラックや定期バスまでも通るのを見守ってきた。
70年を経てまだ現役で”橋”を演じ続けているのです。
この後いくつかの橋が出てきますが、昭和道が開通した昭和11年ごろに作られた橋たちは小さくとも存在感がある。
この頃の橋の特徴は、4つの欄干に刻まれた橋梁名がそれぞれ違った文字で書かれている。
写真は懐古橋の峠に向かって右側(1)、左側(2)、そして峠側から見て右側(3)です。
残念ながらもうひとつのものは欠落しております。

(1)「懐古橋」s-2007_0424_154451AA.jpg

(2)「かいこはし」s-2007_0424_154437AA.jpg

(3)あてじで「加い古者志」s-2007_0424_154412AA.jpg

この橋の竣工年月 「昭和十年七月」が刻まれている・・s-2007_0424_154502AA.jpg

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