哀愁の矢の川峠
「矢の川峠」と書いて「やのことうげ」と読む。 皆さんどんどん情報を寄せてくだ さいな。 私やのこ小僧も地元尾鷲からいろいろと情報発信しまっせ!  【 このページの文章、写真は無断で転用しないでください。もしご利用される場合ははやのこ小僧までご一報を!】

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v 矢の川峠の茶屋と展望台
峠を越える人々ここで休憩し、何を想い、何を考えたのか・・・
以前から行ってみたかった、紀北町銚子川の上流にある清五郎の滝に行って来ました。

今回は個人ではなく、NPO法人ふるさと企画舎・キャンプinn海山三重県立熊野古道センター主催の「氷曝を見よう」イベントです。
主催者さんの何人かは、以前お会いしたことのある顔見知りの方でした。

キャンプinn海山近くの種まき権兵衛の里ずんべら亭に集合・・・でしたが、早速アー勘違い、
なんとキャンプinn海山まで行ってしまいました。
キャンプinn海山と集合場所とは銚子川をはさんで対岸なのですが、車だとず〜と上流まで行って、橋を渡りまた下流まで走らなければいけません。
結局集合時間ぎりぎりに到着。

結果から言いますと、このところの暖かさで予想通り滝の結氷はほとんどありませんでした。
が、しかし前から行ってみたかった滝を観れた事は大変感激です。【なんと20年前から行きたかった】
今回は三の滝、二の滝の二つを案内していただきました。
三の滝の落差は約80m。
二の滝は四段ほどになって120mほど。

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ほとんど結氷していない三の滝

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滝つぼは深く、この滝の雨季の水量がいかに多いかを教えてくれます

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二の滝 少し周辺が結氷してます

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滝のそばには住居跡や炭焼き釜跡があり,谷のそばには高く石垣が組まれ、一番奥には四角い排水溝らしき穴が開いています。どうやら谷水を導水してここに水車を置き、何らかの動力源にしていたのではないかと思われます

いずれ四の滝、一の滝も行って見ようかと思います。




滝までは、私のやっているコテージ・ウッドペックから車で林道走行含め約1時間、徒歩30分ほどですが、
道路状況の確認や、トレッキング装備が必要です。
厳冬期などは軽アイゼンの携帯などが必要と思われます。
こうして奥山秘境の名曝を誰でもが観れるのは、地元有志の方々が林道や滝への道をの整備をしてくれるおかげなのです。
感謝感謝です!
清五郎滝に行きたい! って方、こういったイベント参加でお願いしたいのですが、遠方の方など参加は難しいと思われます。
そういった場合は道路事情など事前にお問い合わせの上、自己責任において行ってください。
お問い合わせ => キャンプinn海山

なお林道は行けるところまで行くのではなく、峠を越えて少し行った右(谷側)にある一段上がった駐車スペースに止めてください。
そこから少し歩くと、清五郎滝の標識がありますが、その標識は無視してもうしばらくいくと次の標識があります。
ここから右手に下っていくと途中古い木馬道に出ます,そのままさらに下り15分〜20分ほどで三の滝に行けます。
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滝への道のりはけっこう急なので、足元にご注意!

今回主催同行してくれた、NPO法人ふるさと企画舎の方々のブログ「海山にいこま」も見てください!      


前回に続いて峠の主、稲田のぶえさんの写真をアップします。

看板林立
峠の看板とバイクの人

広場の山手にはたくさんの看板が乱立していました。
この写真には勝浦の温泉旅館「勝良荘」、尾鷲駅前の「丸福食堂」と「丸平食堂」、「尾鷲ゴム工業」の看板が写っている。
丸福の看板には、おかみさんが考えた「をわし駅より十歩」のコメントが読み取れます。
「をわし駅」と書いていることから、看板の設置時期は尾鷲が市になる前、また駅名が「おわせ」になる前ということで、昭和26年以前と思われます。
左後ろに「尾鷲市」の標識見えます。
バイクはヤマハYD−1、1957年発売、ヤマハ初の2気筒エンジンを搭載した250ccのスポーツバイク。
もう一台の右のバイクはヤマハのYC−1,1956年かな??
この事により、撮影時期は昭和32年頃と思われます。

三銀社長松田 宏子 茂士
第三相互銀行の松田社長、長女宏子さんと

第三相互銀行は当時熊野にほんてんがありました。
現在は第三銀行になり、松阪に本店を移しています。
右がのぶえさん、左が長女宏子さん。
吉川英治の書いた紀行文に出てくる峠の茶屋の女性は宏子さんです。


運転手 倉田さん
国鉄バス職員と・・

茶屋の中でバスの休憩時間に職員と話すのぶえさん。
奥の壁には峠を越えた方々の色紙が見える。
車掌の肩から掛けられているがま口には公金が入っている為、肌身離さず持っていた。
胸には燕マークのワッペンが見える。

電源の人2
電源開発の方々と・・・

写真のコメントに「電源の人」とありますので、おそらく池原ダムなどの工事関係者ではないでしょうか。
皆さんスニーカー、地下足袋、ブーツ、そして作業着やワイシャツにネクタイなど、まったくバラバラのファッションが面白いです。
軍手は皆さんはめてます。
後ろの石垣はしっかりと人の腰下の高さまでありますが、現在は30cmほどしかありません。
右下に「カバヤの菓子」と書いたダンボールが見えます。
やのこ小僧へのお問い合わせ、ご意見などは、下記のアドレスにメールを頂けますでしょうか。

メール ーーー> tud5thma@ztv.ne.jp

2日以内に返信を差し上げます

峠茶屋の主の稲田ぶへさんには、国鉄バスの職員やトラックの運ちゃん、その他峠を越えるほとんどの人々が、お世話になりました。
峠で10年余り、おそらく何百万人を出迎え見送ったことでしょう。
今峠にはのぶへさんが分骨され眠っています。

のぶえさんの写真を何回かに分けてアップします。 

クレハ
クレハ毛糸のトラックと・・・
トラック前で
トラック前で
海運局単車
公用車の海運局単車 ホンダドリーム